哲人政治
最近、また、ワークシェアの話題が、ちらほらあるようです。
また、というのは、何年か前にもそのような話があったなぁーっと思い出したからですねぇ。
今回出てきたのは、雇用創出のひとつのアイデアとしてですが、そうでなくても、ワークシェアはできれば楽しいなと思いますよん。もちろん、それによって、皆がハッピーになることが条件ですが、、。
くまさん的には、そうですねぇー、ワークシェアして、結果として2つぐらいの職業が持てるといいなって思います。一つの事を長く続けていると、どうしても頭が固まってしまうというか、応用力がつかないというか、世界が狭くなってしまいますから。相反するような2つの仕事を交互にやるっていうのも、新鮮味があっていいな。
でも、人は、楽なほう楽なほうに流れていきますから、最初は良くても、そのうち二足のわらじはしんどいと思うかもしれないし。若いうちはともかく、年とってくると、そんなに応用きかなくなるかもしれないし。でも、子どもの頃から「職業は複数持つのがあたりまえ」の世界に住んでいれば、それはそれで、うまくやっていけるんじゃないかとも思いますしね。
そういえば、昔ならった歴史かなにかで、哲人政治という考え(プラトンかな?)をならったことがあって、そのときには、為政者は哲学を学んだ人でなければならず、手足には軍人がいて、胃としては、農民がいて、というように、社会全体を人に見立てて、それぞれの部位には、該当する職業を当てようという思想、、だったかな。(間違えている可能性大ありです。)結局、そんな社会は実現しなかったのですが、くまさんなりに思ったのは、人って、別にひとつの事しかできないわけではないから、そもそも、「この人は、この仕事」って簡単に決めることはできないんじゃないかってことでした。人間一人一人に、頭があり、手足があり、胃がある。あるときは、頭脳がはたらき、あるときは、筋肉がはたらき、ある時は、内蔵がはたらく。それらぜーんぶひっくるめて、一人の人間。
哲人だって、年がら年中、哲学の事しか考えているわけではないでしょ?お昼になったら、お腹空いたなぁーって思うわけだし。
ま、そういう個々の人が自然に持つバラエティさというか、柔軟さが、普通に発揮できる社会が実現したらいいな、って思います。
うーん、お正月の初夢かなぁ。あと、300年ぐらいたてば、そういう世界になっているかもね。なって欲しいね。
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